2010年5月14日。
4月末から「妊婦高血圧症」で入院していたトモママは、NICU(新生児特定集中治療室)の設備が整った別の病院に移ることになった。
なかなか状態が改善されないため、万が一帝王切開で未熟児を出産することになった場合に備え、転院を勧められたのだ。
この時点でトモママは、いずれ近い時期での帝王切開を覚悟していたと言う。自分の身体の不調のことは、自分が一番感じていたから。
トモパパは、もう少しノンキに構えていた。いや、内心は不安だったのだが、あまり不安を口にするのも……という気分もあったんだけど。
いずれにせよ、まさかこの日のうちに出産とは、さすがに2人とも思っていなかった。
転院先の担当の先生は、検査するなり、こう言った。
「相当赤ちゃんが苦しがってるよ」
一刻を争う状態であり、この2、3日がヤマであると。
場合によっては、今日中に帝王切開をすることになるかも知れない、と。
そしてその日の18:00頃、いったん帰宅したトモパパの携帯に、トモママから連絡があった。
「すぐ病院に戻って。今夜がヤマだと言われた」
タクシーを飛ばして病院へ行くと、担当の先生がトモママを説得しているところだった。
今日中に帝王切開をするのは、赤ちゃんが元気なうちに助けるため。1日遅れれば、赤ちゃんもトモママも危ないかも知れない。
だけど、お腹の赤ちゃんはまだ26週と1日なのだ!
お医者さんは「絶対」という言葉を使わない。
どういう場合でも、100%助かるとは言い切れないからだ。
いま帝王切開をすれば助かる、というのは、飽くまで可能性が高い、というだけ。
でも、決断するしかない……。
トモママが「2人きりにしてください」と頼み、お医者さんたちは席を外してくれた。
「26週と1日で産まれた赤ちゃんを育てるということは、きっと、ふつうよりも大変なこと。
もしかしたら、いろいろな障害だってあるかも知れない。
それでも、一緒に育ててくれる?
その覚悟をしてくれる……?」
トモパパがうなずくと、トモママは「じゃ、赤ちゃんにパワーを送ってあげて」と言った。
トモママのお腹に手を乗せて、「頑張れ、頑張れ……」と何度も唱えているうちに、涙がポロポロこぼれた。
帝王切開の手術の間、トモパパはずっとトモママの手を握っていた。
実はここまで来ると、トモパパは「きっと大丈夫だ」という気持ちになっていた。
お腹の中で、あんなに元気に動いていた子だもの。いきなりお腹から出て来ても、すぐにどうにかなるってことはないだろう。
トモパパの視野には、今まさに切開されているトモママのお腹が少しだけ見えている。
20:20、お医者さんが、トモママのお腹から赤ちゃんを引っ張り出すのが見えた。
「今、赤ちゃんが出てくるよ」
とトモママに伝えながら、トモパパは、トモがこの世に生まれてくる瞬間を見ていた。
意外に大きいな、というのが第一印象。
もっと小さい姿を、勝手にイメージしていた。
トモの全身が現れると、看護士さんが
「20時21分」
と時間を読み上げる。
トモはすぐに処置を受けるため別室へ。
お腹を縫合されるトモママは、麻酔のせいで吐き気がして苦しそうだけど、局所麻酔なので意識はある。
2人で、トモママがトモを身籠るまでのあれやこれやの思い出や、「これから一緒に頑張っていこう」という話などをしているうち……
保育器に入れられたトモが運ばれて来た。
皮膚が未発達なせいか、真っ赤な肌をしている。
呼吸器をつけられた口元が微かに、規則正しく動いているのを見て、
「ああ、生きてる……」
と思った。
看護士さんが「元気な男の子ですよ」と言うのを聞いて、
「ああ、とりあえず元気なんだ……」
と思った。
2010年5月14日、午後8時21分。
トモは、こうして誕生したのです。
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★NICU/GCU
トモが生まれた日(2)
トモママは麻酔がきいて朦朧としている。
しばらくママの病室で待機ののち、トモパパが担当医さんに呼ばれたのは、深夜0時近くだったと思う。
NICU併設の小部屋にて、先生の説明。
37週より前に産まれた子を「早産児」と言う。
2500g以下だと「低出生体重児」。
それが1500g以下になると「極低出生体重児」となり、 1000g以下の場合は「超低出生体重児」となる。
617gで生まれたトモは、「超」のつく未熟児ということ。
続いて、トモの現在の状態は……
(1)呼吸窮迫症候群
肺が膨らむ前に産まれたので、自力では呼吸が出来ない。
この日入院してすぐ、トモの肺を膨らませるための薬をトモママに投与したのだが、それからすぐ帝王切開になったので、その薬はトモにまでは届いていない由。
なので、産まれたトモに直接、肺を膨らませる薬(サーファクタント)を投与したとのこと。
これは通常1回の投与だけで終わるものだそうです。
加えて、肺に直接、酸素を送る管を通してある。
(2)低血圧
血圧を上げるための薬を投与している。
ほか、説明を受けたこととしては……
・動脈管について
赤ちゃんの腹部からは動脈管が出ており、これは通常、出生後1日くらいで閉じるものなのだが、未熟児の場合うまく閉じないことがある。
閉じない場合は、閉じさせるための薬(インドメタシン系製剤)を投与することになる(稀に副作用がある場合も)。
それでもうまく閉じない場合は外科的処置もあり得る。
・栄養は、当初は点滴
消化器が働いていることを確認してから(具体的にはうんちが出るかどうか)、胃に通した管からミルクを与えるのだが、ママのお乳が間に合わないor足りない場合は、貰い乳、すなわち同じ病院にお世話になっている他のママで、お乳がたっぷり出る方からお乳を貰えるよう、病院で手続きをするとのこと。
これは強制ではないのだが、自然の母乳のほうが赤ちゃんの消化によいので、お勧めしているとのこと。
先生いわく「昔の日本では、隣のお母さんにお乳を貰うことも普通だったので、そのようなものだと思っていただければ……」
ただし、ごくごく稀だが、感染症のリスクもあり。
・輸血について
今後、貧血やその他のトラブルの際に輸血を行うことがあり得る。
トモくらいの子の場合、どんなに順調でも、退院までに最低1回くらいは輸血があると思っていたほうがよい、とのこと。
・ほか、未熟児にあり得る症状
「貧血」
「感染症」
「肺出血」
「未熟児網膜症」
「消化管穿孔(穴があくこと)」
「慢性肺疾患」
などに注意して管理していく。
もちろんこれらすべてが発症するわけではない。
ひとつも発症しないかも知れないし、複数発症するかも知れない。
「動脈を閉じさせる薬の投与」「貰い乳」「輸血」 については親の同意書が要るとのことで、3枚の同意書を書きました。
上の2つについては翌日でも間に合うとのことだったので、トモママに伝えてからということにさせて貰った。
輸血に関しては、万が一この夜中に緊急輸血の必要が生じた時に困るということで(まず無いとは思う、とは仰っていたが)、その場でサインして提出。
同意書の件は、その夜のうちにトモママに説明。ただこれ、後日の日記にも書きますが、トモママは朦朧としていてすべてを把握してなかったっぽい。
帝王切開直後のママは、当たり前だがふつうの状態ではないので、パパがしっかりしなければいけません。
【追記】
その後トモママより指摘あり。
通常の場合、帝王切開後は(腹部の痛みはあるが)、わりと意識ははっきりしているそう。
トモママの場合は、
・出産後、妊娠中毒症が急激に改善されていく(むくみの原因だった水分が急激に抜けて行く)
・出産後も数ヶ月の間、危険なレベルの「高血圧」が続いた
といった要因のせいで「意識が朦朧としていた」とのことです。
水分、出産後2日間だけで12リットルの尿が出た由。
高血圧については、「産褥期の安静」を言い渡されていました。
……さて、先生の説明を聞いたあと、トモパパは改めてトモとご対面。
保育器の中のトモは、一所懸命、手足を動かしていた。
産まれた直後は息をしていることがやっとわかるような感じだった。
手足を動かしているのを見て、何だかホッとする。
「ちゃんと生きてる!! 偉いぞ!」
と、思った。
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おばあちゃんと初対面(生後1日目)
東京のおばあちゃん(パパのママ)を連れて一緒に病院へ。
おばあちゃん、ベッドに横たわっているママの手を握って
「大変だったね」
と言いながら泣いてしまう。
その後、パパとおばあちゃんでNICUへ。
(ママはまだベッドから起き上がれない)
おばあちゃん、トモが思ってたより大きかったことと(体重を聞いて、もっと小さい姿をイメージしていたらしい)、手足をよく動かして元気そうだったことで安心したよう。
孫に会えたことを、とても喜んでいた。
ママは
「おばあちゃんがトモを見てショックを受けるのでは……」
と心配してたようだが、全然そんなことは無かった。
この日以来、毎日のように「また早く会いたい」と言うようになる。
ママは、トモがちっちゃく生まれたのは自分のせいだと、罪悪感みたいなものを感じている。
もちろん絶対にそんなことなんかないのだが、それがママの偽らざる気持ちであることは事実。
それで、必要以上に「おばあちゃんがショックを受けたら……」などと心配してしまうのだと思う。
そして、この時点でのパパは、そんなママに
「絶対にそんなことない!!」
と、強く言ってあげられなかった。
何だか、パパには立ち入れない問題のように思ってしまっていたのだ。
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初ミルク(生後2日目)
13:00よりトモがご飯を始めると連絡あり。
ママのお乳が間に合わないので、貰い乳にするかミルクにするかは先生が判断するとのこと。
ともかく、お乳を始める=腸がちゃんと動いてうんちが出た、ということなので、これは嬉しい知らせ。
あとトモの「動脈管」が無事閉じた、とのこと。
とりあえずホッ。
「動脈管を閉じさせる薬」は投与せずに済みそう。
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紫色のライト(生後3日目)
この頃のトモは、写真のように紫色のライトをあてられていることが多かった。
これは未熟児に多い黄疸のための「光線治療」。
たいていの未熟児が経験するものだそう。
トモの場合、光線治療は数日で終わったと思う(このへん、思い出しながら書いているので定かではない……)。
終わったと言っても、これで黄疸の心配は100%無くなった、とは誰にも言えないので、お医者さんもそうは言わなかったけど。
トモが産まれた翌日、病院へ行く途中に買って持っていった加湿器。
トモママのリクエストで、トモママ病室用に。
ママはNICUと同じ階にある病室に入院しているが、ちょっと歩くだけでもフラフラするので、ちょいちょいトモに会いには来れないそうだ。
妊婦高血圧症のため、全身にかなりの量の水が溜まっており、その水が肺のあたりから抜け切っていないという。
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特に変わりなく……(生後4日目)
トモが産まれてから買った本のひとつ。
現ジャイアンツの村田選手が、未熟児のお子さんについて綴った本です。
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哺乳中断(生後5日目)
トモの哺乳、いったんストップ。
あまり消化状態がよくないとのこと。
消化状態は、胃に通したチューブから注射器で内容物を吸い出し、まだ未消化のお乳が残ってるかどうかで判断。
あとは、ウンチが出ているかどうか。
今のトモは、少しはウンチ出ているのだが、もっと出て欲しいとのことだった。
トモのお腹を擦りながら
「ウンチ出るように、ウンチ出るように」
と念を送る。
こんなに誰かのウンチが出るように祈ったのは初めて。
退院した日から我が家で使用したベッド。
退院前に購入、組み立てながら「トモと一緒に暮らす日」が近づいている事を実感したものです。
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NICU入室手順(生後6日目=修正27週0日)
そこから再び体重が増えていくわけだが、未熟児の場合はすぐにちゃんとお乳が飲めないこともあり、ふつうより出生体重に戻るまでに時間がかかる。
617gで生まれたトモは、507gまで体重が減った。
ここから、まずは「出生体重越え」を目指すことなる。
さて、トモが入っているNICU。
免疫が出来ていない赤ちゃんたちのため、外部からの出入りはきちんと管理されている。
まず、トモがお世話になっている病院では、面会出来るのは両親と祖父母のみ。
ただし、時間は何時でも構わないので(夜中でもだ)、遠慮せずどんどん来てください、と言われる。
昔は、親の面会も制限する傾向もあったらしいのだが、赤ちゃんとのコミュニケーション、スキンシップを重視するのが最近の傾向のようです。
(病院の方針にもよるのでしょうが)
NICUに入る手順は、まず、割烹着みたいな白衣を着用するところから始まる。
マスクや紙製のキャップも用意されていて、最初は念のためつけていたのだが、その2つに関しては別につけなくてもよいと言われた。
これも昔はもっとうるさかったのだが、手の消毒と白衣だけでほとんど問題ないということがわかってきたのだそうだ。
キャップは、髪の毛が長くてうっとうしい場合などに使えばよいらしい。
さて白衣を着けたら、薬用ハンドソープでよーく手を洗います。
風邪をひいている場合は、面会は遠慮しなければならない。
免疫が未熟な赤ちゃんに、感染させてしまっては大変。
腕時計は腕から外すこと。
携帯電話も電源をオフに、あるいは備え付けのロッカーに入れておくこと。
携帯での写真撮影は当然禁止。
デジカメならOK。
ただしフラッシュは厳禁です。
面会時は携帯・スマホは電源を切らねばならないので、デジカメは必携品でした。
ママ用とパパ用の2台用意しておくと、受け渡しを忘れることもなくてベターかと。
ここまでやってから、NICUの入り口のインタホンで名前を名乗る。
すぐに看護師さんが応答してくれて、赤ちゃんが検査中や治療中でなければドアのロックを解除してくれる。
午前8:00~11:00、午後4:00~6:30は検査していることが多いので、出来れば面会は遠慮するよう言われている。
でも実際は、検査をしていなければ入室させてくれるみたい。
で、赤ちゃんに会う前にもう一度、NICUの中にある洗面所で手を洗ってから、晴れて対面となる。
赤ちゃんにタッチングする場合は、各保育器の脇に備え付けてある薬用アルコールでまた手を消毒します。
何か手を消毒してばかりだが、ここまで厳重だと安心感があります。
ともあれ、NICUに通う日々は、手
「手を消毒し続ける日々」
でもある。
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コメントつき連絡カード(生後7日目)
お乳の量:1回1ml(×1日8回)
トモがお世話になってる病院では、会いに来たパパやママに、今日の体重とお乳の量を書いたカードを看護師さんが渡してくれるということを、この日初めて知った。
これはありがたい。
おばあちゃんなど、病院になかなか来れない家族への報告にもなるし。
体重は、飽くまでトモのペースでゆっくり増えていけばいいということは承知しているのだけれど、やはり増えれば嬉しいものだし。
(短いスパンで一喜一憂せず、ひとつの目安として捉えることを心がけなければならないのですが)。
入院中は衣服はすべて病院で用意してくれますが、退院後の準備はなるべく早めに……。
ほか、一言コメントを書いてくれることもある。
今日貰った初めてのカードには、
「ときどき看護士さんがくわせさせてくれるおしゃぶりを、上手にしゃぶれている」
……ということが書かれていた。
トモが生まれて初めて貰った「通信簿」だな。
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「可愛い」と思う余裕は?(生後8日目)
お乳の量:1回3ml(×1日8回)
このへん、あとで思いだしながら書いているのだが、
この頃のトモは、手足なんか骨と皮ばかりで、細くて。
肌も未成熟なため、赤黒くて。
最小サイズのオムツが巨大に見えたっけ。
それでも手足をジタバタさせてるのが
「生きてるんだぞ!」
ってアピールしてるみたいで。
「可愛い」なんて思う余裕はなく、ただただ
「今日もちゃんと生きてる」
ということを確認してホッとするために、会いに行っているようなところがあった。
「可愛い」と思えなくても、あまり罪悪感や引け目を感じる必要はないんだと思います。
これはパパの姉の話だが、初めての子を生んだ直後は、ただただ慣れない育児に必死で、初めてその子のことを「可愛い」と思う余裕が出来たのは、生まれてから1年くらいたってからだと言っていた。
意外にそういうものかも知れない。
そういう感情って、赤ちゃんの成長とともに、少しづつ芽生えていけばいいんじゃないだろうか。
ともかく、あとで思いだせば、あのトモがここまで大きくなるなんて……と、驚くばかりです。
ちなみにオムツは、未熟児用の極小サイズのもの。
これ、ふつうのオムツに比べてけっこう割高らしい。
でも、オムツ代、ミルク代などを含む未熟児の治療費については、相当な割合で公的な助成金が出ます。
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